第1話・2幕「招集」

和装に身を包んだ茜舞は、鬼ヶ島から次元を割って夜の人間界に転移、祭り会場の近くに現れた。

湖で花火大会が開催されるだけあり、近くの露店は人々でごったがえしている。

せっかくの祭りだというのに――いや、それどころではない。

ゆったりした性格の茜舞は、はたから見れば普通にやや早歩きをしているようにしか見えないが、
彼女なりの急ぎ足である。

雷公のほうは仙界にいけばなんとかなるであろうが、この現世《うつしよ》に死者の――なにか――が現れれば大混乱になる。

それはもはや避けられぬが、ともかく一刻も早く仲間たちに事の次第を説明せねばならない。

すでに大木の下で花火を待っている和装姿の仲間たちが、笑顔で迎えた。

総勢25名を超えるこの一同は人間に姿を変え、それぞれの事情で人間界で暮らし、あるいは人間界に現れ、
『色舞(しきぶ)』という和装ダンスチームを組んでいる。

鬼族、神族などのほか、木や花の化身まで、まさに百花繚乱。戦いの腕も舞も見事な者ばかりである。

茜舞は、

「こんなときにあれだが――」

と、冷静ながらも深刻さのにじむ口調で、冥界で起きたことをみなに伝えた。

みな、雷公の伝説は少なからず聞いたことがあった。

人間でいえば、「昔話」のようなものである。

雷公と戦った日の巫女や、盤古が鬼族であったとされるため、鬼はとくに雷公伝説に詳しい。

この話を茜舞から聞いた一同は最初――なにかの冗談か――と思ったようだが、祭りが大好きなはずの茜舞の表情はただただ暗い。

これは冗談ではないと察したのか、互いを見合って話しはじめた。

茜舞が今後の作戦について、木にもたれかかって腕を組み思案していると――

「姉さん、本当に冥界がやられたの? これからどうします」

臆面で駆け寄ってきたのは弟子の緋円化(あけまどか)。茜舞と同じく鬼である。

角のはえたかぶりものをし、鬼のように長い赤髪を垂らしながらも、ニーソックスの上端からのぞく脚とハートの柄が入ったギターを手にした
彼女がなぜクールなリーダー、茜舞の弟子なのか……茜舞が、円化の歌を聞きながらのんびり過ごすのが好きだからである。

鬼は邪念を吸収し悪鬼と変化しやすい存在であるため、ほかの種族からは忌み嫌われやすい。

不釣り合いなふたりだが、神族からも認められた――良心を持つ――数少ない鬼同士というのもあり、茜舞がもっとも信頼する仲間である。

茜舞は円化の問いかけにちらりと目をやったが、すぐに、ある男の姿を探し――

「佐和山」

と人差し指をクイッと曲げて来るよう合図をする。

背丈のあるその青年は、太陽の化身であり鳥に属す、黄金佐和山(こがねさわやま)。

戦うときは黄金の羽で空を駆け、太刀を振るうことができる。メンバーのなかでも上位の強さを誇るかれを呼んだのはほかでもない。

「あいかわらずパシリかおれは」

「わたしは仙界にいかないといけない。こっちは師匠がいるからだいじょうぶだとは思うが、念のためこいつを連れていく」

と、円化を見た。

「冥界がやられたってのは本当なのか? 信じられんが」

「映像が途中で切れたからなんともいえないが、まず間違いないだろうな」

すると円化は、

「でも、あそこには神官たちがいるし、10王(閻魔を含む10人の裁判官)がやられたなんて、とても考えられないです」

そう言うのも無理はない。10王の何人かは名だたる神仏の化身である。

神官たちも、人の魂を扱う職務である以上、それにふさわしい力、あらゆる状況に対応できる呪力を備えている。

だが神官たちの力は、雷公には通じなかった。

「地上に出た『もののけ』の始末は任せる。どういうふうに現れるかわからない。規模もわからない。
3人程度でチームを編成して、しばらくは討伐任務にあたってくれ」

「しかし、話が本当なら号令をかけるべきじゃないか」

号令とは、神界の最高神による勅命と同等と権限を与えられた一部の神族が全世界に発する大号令である。

号令は現世の破滅にかかわる一大事にのみ発令され、そのときは全種族一丸となって世の秩序を守らねばならない、太古より紡がれた密約とされる。

さて、こたび討伐組のリーダーを佐和山に任せたのは、切られそうになった木を助けるなどやさしい一面があり信頼が厚いからである。

また、かれの黄金の羽には神力が宿っており、もののけから狙われやすい。ゆえに――

「おれはおとりか」

「それは違います。姉さんは佐和山さんを信頼しているから」

「でも、信頼しているなんて、言われたことないしな」

佐和山は壁ドンならぬ木ドンで茜舞に迫り、

「いちどぐらいは信頼しているって言ったらどうよ。今回はやばそうな任務なんだろ? やる気出させてくんねえかな」

顔を近づけられ茜舞が少し身を引くと、すかさず円化が、

「ちょっと、気持ち悪いからやめろ」

と突き放す。無間地獄(むげんじごく。8つある地獄のなかで、もっとも大きい苦痛を受けるところ)出身の
円化はつい本性が出てしまった。普段は敬語で良い子ぶっているだけなのである。

「出た。必殺、無間地獄」

そのワードは円化相手には禁句である。

「うるせえ。ピヨは黙ってろ」

「なんだピヨって」

「鳥だろおまえ」

「ああ!?」

そんな言い合いも、茜舞の耳には届いていない。

茜舞にとって人間界は第2の古里のようなものである。

人間界から生まれ、長く時代の移り変わりを見届けてきた。

彼女にとっては、その人間界が間もなく大混乱に陥るというのだから、憂苦のあまり、届くはずの音はすべて遮断されていた。

目を閉じて、この現世の混乱を最小限に抑えるには、やはり号令をかけるべきなのか考えていた。

しかし号令をかければ、全天に神族の姿が轟いて、混乱を抑えるどころではなくなる。

そのようにいろいろと考えを巡らせていると、次第に騒がしい声が聞こえてきた。

直後――

「おい! 聞こえねえのか!」

と佐和山の怒号に一驚したとき、目に映ったのは、白き狼たちから逃げ惑う人々、それを阻止しようと武器を振るう仲間たちだった。

それが雷公の姿と見るや、茜舞が探すのは神族――

大太刀を振るう龍神『青碧くどお』の姿が目に入る。

「くどお!」

茜舞が叫ぶと、青碧が茜舞を見て、互いにうなずいた。

太刀をおさめた青碧が空に舞い上がると、一瞬のうちに空は雲で覆われ、全天を覆う龍が姿を現した。

龍の目が光り、これが号令の合図である。世界中に散らばる神族、鬼、化身たちが間もなく各々の持ち場たる戦場へ赴くはずである。

阿鼻叫喚の地上では、血肉を求めて人々に襲いかかる50頭を超える小雷公(こらうこう)に、
茜舞が刀で、梅の木の妖精たる梅重杏(うめがざねあん)が薙刀で、円化は召喚した桃色の棍棒で、茜舞と同じく鬼である代赭鈴音(たいしゃりんね)は
普段隠している角をあらわにして殺戮の本能で次々と小雷公を斬り刻み、佐和山は金の翼を広げて上空から最優先に女や子どもを拾いあげ――

「おい、さっさとしろ!」

と佐和山が陰陽師たる竜胆狂月(りんどうくづき)に言うと、狂月は詠唱を終えて巨大なドーム状の結界を展開した。

結界内の小雷公は瞬く間に気化する。

佐和山は結界内に助けた者たちを次々に放りこみ、仲間たちがそれを受けとめていった。

小雷公の数が多すぎて到底救いきれないと思われたとき、狂月が最後の詠唱を終えて、
結界の周囲に式神である12天将を召喚した。

騰蛇(火神)・朱雀(火神)・六合(木神)・勾陳(土神)・青龍(木神)・天后(水神)・玄武(水神)・大陰(金神)・大裳(土神)・白虎(金神)・
天空(土神)、最後に12天将の主神である天乙貴人が姿を現す。天乙貴人が光る宝刀を振り下ろすと、12神が光り、結界の外にいた小雷公たちは瞬時に炎に包まれ、
雷に打たれて灰と化した。

12天将が姿を消すと、

「ぐずぐずしてたらやばそうだな」

佐和山が言うと、茜舞はまどかに目をやり、うなずきあう。

「あとは任せる」

「任せとけ」

茜舞は佐和山にあとを任せ、仙界へ向かうため、円化とともに師である酒呑童子のもとへ向かった。