第2話・1幕「~織姫~」

人物

【鬼】
茜舞(あかねまい)……ダンスチーム色舞のリーダー
緋円化(あけまどか)……舞の子分
酒呑童子(しゅてんどうじ)……鬼の頭領

【仙界】
東王父(とうおうふ)……男仙の長
西王母(せいおうぼ)……神族。女仙の長。神界の大帝の妻

紅衣仙女(こういせんにょ)……七仙姑(女大仙)のリーダー
李鉄拐(りてっかい)……八仙(男大仙)のリーダー
紫衣仙女(しえせんにょ)……七仙姑のひとり。織姫。大帝と西王母の娘。神族

九天玄女(きゅうてんげんにょ)……兵法家



仙界の宮殿の広さは十万平方メートルに及ぶ。

そのなかに古代中国王朝を模した都市や宮殿が存在する。

茜舞たち三人は、宮殿の最後方にある中庭、後苑に降り立った。

そこに、うら若い小柄な仙女が駆け寄ってきた。

仙界の兵法家であり、西王母の側近でもある九天玄女である。

「童子、お初にお目にかかります。西王母の副官、九天玄女と申します。お待ちしておりました。準備はできておりますので、どうぞこちらに」

と、彼女は先を行く。

「めっちゃかわいいですね! なんか、旅館の人気の女将さんみたいな」

円化が言うと童子が、

「彼女は兵法家で、大仙たちの武器もつくっていると聞く。仙界になくてはならない存在だ。さて、酒に似た香りがするな。先を急ぐか」

やはり童子は、酒目当てのようである。それどころではないのだが。

実は、仙界においても神界においても、鬼というのは不気味な存在として見られている。

かつて雷公を封じた卑弥呼が鬼族であったとされることから、神界はその力を危険視しているのである。

頭領である酒呑童子がどのような力を持っているのか、茜舞たちすら知らないのだ。

だが仙界にとっては、強いか弱いかもわからないただ不気味な存在というだけで差別的に見ている。

九天玄女からはそのような雰囲気はまったく感じられなかった。しとやかで分け隔てない彼女を出迎えによこしたのは、やはりこの現状に必要なのは融和であると察した西王母であろう。

茜舞たちは、宮殿の中部にある西宮(西王母が執務をする場所)に案内された。

歴史的な瞬間である。

鬼族、神族、仙人が一堂に会する。

漆黒の長方形の机の周りをぐるりと、八仙の隣に七仙姑、反対側に茜舞たちと東王父、西王母がついた。

七仙姑は、それぞれの護身宝石の色と同じ衣を身にまとい華やかであったが、どうも不機嫌な顔をしている。

八仙は若い青年集団で、

「アイドルグループみたい。イケメンぞろいですね」

こそっと円化が茜舞に言った。

最も多く目をやられたのは、やはり決して表舞台に出ることがなかった酒呑童子であった。

鬼の頭領がどのような者か、見たことがある者はわずかである。

八仙のリーダー、李鉄拐(りてっかい)が口を開いた。

「ようこそ! 仙界に」

すると、七仙姑のリーダーである紅衣仙女が、

「ちょっと、ここは西宮なんだけど、勝手にしゃべらないでくれるかしら」

茜舞と円化は見合って、なるほど、と相槌を打った。

どうやら七仙姑と八仙は、仲が悪いようである。

そのとき、玄女がティーカップを運んできて一同に差しだした。

酒のようで、なにかが違う。

「変わった香りだな」

童子が言うと李鉄拐が、

「仙界で千年の修行をつんだ者のみが美味と感じるという酒だ。仙界では超高級な酒で、めったに飲むことは許されないが、客にはこうしてふるまっている。口にあうかはわからんが、まあまずは一杯といこうではないか」

「酒ならなんでもいい。ではさっそくいただく」

と、満面の笑みでひと口ふくんだ瞬間、

「ぶっ!」

と隣にいた円化の顔にふきだした。

「ちょっと、師匠……なんでわたしに」

「まずっ。なんだこれは……これが酒と言えるのか。それにティーカップで酒などセンスのかけらもないではないか。おまえたち、やめておけよ」

李鉄拐は笑いながら、

「はっはっは。口にあわなかったか。やはり仙人以外の口にはあわぬか」

童子は人差し指で唇をぬぐいながら、端に座っている紫衣仙女に目を向けた。

「彼女の口にはあうのか?」

神族である織姫に興味があるようだ。その口にはあうのか、ということだ。

織姫はひと口飲んで、

「ちょっとにがいけど、おいしゅうございます」

「変だな。そなたは神族であると聞いたが」

すると西王母が言う。

「彼女はわたしと同じ神族ですが、仙界の修行をつんだ身であるため、そこそこ飲めるようになりました。わたしは修行をしていないので、あまり口にあいませんが」

「飲めぬようなら、わたしがいただこう」

と李鉄拐が言うと、織姫をのぞいた七仙姑が一斉に、

「いや~」

「やだやだ~」

などと口にした。

紅衣仙女はにやにやしながら、

「間接キスとか気持ちわるうー! あんたあんなおばさんがいいわけ?」

「あの酒は年に数回飲めるかどうかという貴重なものだ。捨てるなど論外。なんだ、妬いているのか? 間接キスごときでわめき散らす女狐が仙界最強をほざくとは聞いて呆れる」

ほかの八仙もわっと沸いて嘲笑合戦がはじまった。

どうやら、仲が悪い原因は、どちらが仙界最強集団なのか争っているためであるようだ。

「神界の霊石を手に貴様らごときあまったるい修行で仙界最強を語るとは笑止千万!」

「暗八仙なんて九天玄女のおかげじゃない。さも自分が作りましたみたいにイキってるとか気持ちわるう!」

などと罵声が飛び交った。

茜舞は東王父に聞いた。

「これが日常ですか?」

「よくある光景だな」

罵声がつづくなか、童子は気になっていたことがある。手をおいていた机がやけに、

「硬いな。なにでできているのだ?」

東王父に聞くと、

「世界でもっとも硬い物質でできている。いろいろあってーー」

ついに殴り合いに発展した。

織姫だけは怯えて西王母のそばにきて、

「母上。やめさせてください」

「そういえば、大帝との会議の日程はいつでしたか」

「たしかーー」

西王母と東王父は見ぬふりである。できぬ上司とはそんなものだ。

しかたなく織姫は殴り合いの場に割って入り、紅衣仙女から李鉄拐を引き離した。

くってかかろうとする李鉄拐に抱きついたまま、

「李鉄拐、やめて」

と言うと、李鉄拐はしかたない、とうなずいて、

「よし、やめろ」

とほかの八仙に叫んだ。

殴り合いがやんだ。まだ李鉄拐と織姫がくっついたままだったので、

「やっぱりね」

紅衣仙女が言うと、はっとして織姫が離れた。

「あんたたちデキてるんでしょ」

「姉上!」

「勘違いもはなはだしい。仮にデキていたとして、それはヤキモチかな?」

紅衣仙女が机を叩くと、地球上で一番硬いはずの机に亀裂が入った。なるほど、これでは毎度会議にならない。

紅衣仙女は李鉄拐につめより、

「オッケー。この際だから、タイマンで勝負しない? ルールは、死んだ方の負け。簡単よね」

「姉上!」

織姫はやめさせようとするが、ほかの七仙姑は煽り立てる。

八仙も同じく、自分のリーダーが負けるなどと思ってはいないので煽り立てた。

「ふんっ。よかろう。だが後悔するひまもないだろう。それでよければ応じよう。この最初で最後の真剣勝負に」

「東王父様。お願いです、やめさせてください!」

織姫が懇願するが、西王母は、

「いえ。この際です。勝負を認めます。ただし、負けた側は、雷公討伐作戦において、勝った側の作戦に従うこと。いいですね?」

なるほど。この不仲のまま作戦におよぶよりは、この際どちらが強いかはっきりさせたほうがいいだろう。

全次元をかけた戦いが控えているのだから。

一同は場所を変えた。勝負の地は、地平線の遥かかなたまで続く大草原であった。