第2話・3幕「~護身霊石の誅罰~」

 決闘の翌日、護身霊石を破壊してしまった紅衣仙女は、謝罪のため天界の大帝のもとへ向かったようだ。

 李鉄拐(りてっかい)の部屋にやってきた織姫からそのことを聞かされたかれは、

「あいつ、昔から男勝りだったが、あれほど喧嘩っ早いやつではなかったんだがな」

 すると織姫は、

「姉上から、なにも感じるところはないのですか?」

「というと?」

「ここだけの話にしてくださいますか?」

「おまえがいうなら」

「……姉上は、あなたを好いているのかもしれません。なにか聞いたわけではなく、ただそう思うだけです」

 するとかれはふっと笑い、

「それはない」

「かも、しれませんが」

 と、腰かけている李鉄拐の足元に目をやった。

「足が、また悪いのですか?」

「あの一瞬、気づいていたのか。霊石は使うなよ。雷公のまえに大帝と戦争するのはごめんだ」

 じつは、李鉄拐の足が悪いのは前々からである。

 多くの仙人は人間を嫌ってはいるが、李鉄拐は人間も仙人も、同じ人間であると思っているひとりである。

 かれの口から人間界の言葉がたまに出てくるのも、そういうことである。

 百年以上前――久々に人間界に下りてみたかれは、脚の不自由な少女を見たという。

 貧困地帯の子であり、脚をひきずりながら倒れては立ちあがり、川で水汲みをしていたという。

 その懸命に生きる様子にくぎ付けになること三日三晩。かれは決意した。例のひょうたんを取りだした。

 あれは吸収した相手の技や生命力を自身のものにできるだけでなく、特定の要素、たとえば対象者の病気のみを吸収し、相手の病を消し去ることもできた。

 あれを作った仙界の兵法家、九天玄女が、かれに命じられてそのような仕様にしたのかは不明だが、人間たちの不治の病をなおしてやるためにそう作らせたのではないかと噂する者もいた。

 それほど、かれの人間好きとして知られている。

 少女から病を吸収したかれは、それを自分の生命力で消滅させることができるだろうと考えていた。だが定期的に脚が悪くなり、ついに立てなくなった。

 そんなとき、李鉄拐が眠っているうちに、不憫に思った織姫が霊石の力の一部を使って、効果は一時的であったが、李鉄拐の脚を治癒したのである。そしていまに至っている。

 もちろん、かれのためとはいえ霊石を私的に使ったため、織姫は大帝に罰として短期間投獄されてしまった。

 以来、織姫と李鉄拐は、絆以上で結ばれている、などと噂されるようになった。

「姉上があなたに向けている目が変わったと感じるのも、そのころからです」

 なるほど。人間嫌いの紅衣にとって、自分とは真逆、人間を好いている李鉄拐が、人間のために病を治してやったとなると、見る目も変わろう。

「変わったといっても、なんと言っていいのかわからないのです。憧れの目、さげすんだような目、いろんなものが入り混じったような、そんな目……。
わからないのです。姉上は、自分のことをあまり話してくれないから」

 この三日後、一報が届く。みなが思った以上に大帝は激昂(げきこう)しており、紅衣仙女は火あぶりの刑を受けているという。

 天界のこの刑は刑罰のなかでも最上級のものであり、地獄の炎よりも熱く、世界で最も痛みをともなう刑と名高い。

 さすがに殺すつもりはないだろう。それに大仙であればすぐすぐ死にはしないだろうが、心身ともにただではすまないはずである。

 これに驚愕した織姫は許しを乞うため、天界へ向かうことにした。

 ひとりでいかせるわけにはいかず、八仙と七仙姑、西王母、そして、

「やれやれだな。まあ大帝に会うのははじめてだ。いい機会か」

 と酒呑童子(しゅてんどうじ)は酒の入ったひょうたんを携え、茜舞を連れ、茜舞の弟子である緋円化(あけまどか)には、

「おまえは残れ。東王父と今後について協議をしておけ。人間界で討伐にあたっている色舞のめんつのことも忘れるな。
やつらの仕事も重要だからな」

 こうして一同、天界へ通じる次元の扉から天界へ入った。