第2話・4幕「~天帝の警告~」

 天界に向かった一同はこの世で最も硬いとされる石造の宮殿に乗りこんだ。

 牢獄に通される途中から聞こえてきた悲鳴に、驚いた仙女たちは駆けだす。

 牢獄の鉄格子から見えたのは、鎖で吊り上げられた紅衣仙女である。

 左右から体に交互に吹き出す炎は、片側の炎が内臓をいちどに破壊し、片方が一気に再生させるという。

 終わりのない地獄を味わうこの刑はこの世で最も恐ろしく残虐だとされている。

 血を吐きながら叫びつづける彼女を見て仙女たちは鉄格子をつかんだ。

「やりすぎよ!」

「いくらあの石を無くしたからって……」

「父上! お願いです! もうやめてください!」

 と、織姫たちが目をそらしながら口にした。

 西王母は、

「大帝のもとへ許しを請いにいきます。馬鹿な真似はしないように」

 と足早に去る。
 
「ちょっと、なんとかして! あんたのせいでしょ!」

 仙女たちが李鉄拐(りてっかい)に食ってかかる。

「この鉄格子は破壊できない。わかるだろう。おれたちの力はここでは使えない」

 茜舞は、この残虐な光景に目をそらすことはなかった。

 昔からそうだった。どんなにむごい光景も、不思議と目をそらすこともなかった。

 七仙姑だけでなく八仙も時折救いを求めるように紅衣に目をやるが、
自分と酒呑童子、そして痛嘆な表情は浮かべているが弟子の緋円化(あけまどか)もこれを見据えることができた。

 そのとき、茜舞は紅衣と目があって、紅衣は彼女をにらみつけた。

――いい見ものだろうが……人間に対する怨念や邪気から生まれた貴様ら外道にとっては……。
あげく、われら仙界が忌み嫌う人間界を好み住みつくなど、仮に全次元が雷公に食いつくされようと
貴様らと手を組むことは決してない。決してだ!

 紅衣仙女の心の声が茜舞の脳に響いた。

 自分がなぜ、このような光景を見据えることができるのか。わかったような気がした。

 人間たちのなかにある、ほかの人間を嫌う感情。人間に対する絶望感。そこから生まれた鬼。すべての鬼がそうではないが、
殺戮のなかで生まれた茜舞はそうだった。

 紅衣の言葉に、生まれてはじめて、心をむしばまれる感覚を覚えた。

 目の前がゆらぎ、手が震え、目がにじんだ。

 目の前が真っ白になり、紅衣の叫び声も聞こえなくなった。

――

―――

「師匠!」

 円化が叫ぶ。一同その声に振りかえると、茜舞の右半身が白い毛で覆われているのである。

 瞬間、光の爆発とともに宮殿が吹き飛んで、一同は宙に吹き飛ばされた。

 爆風のなか宙で体勢を立て直す。

「なんなのあれ!」

「姉さま! 姉さまは!」

 織姫が叫ぶが、宮殿はあっという間に全壊し紅衣仙女をのみこんだ。

「それよりさっきのやつ!」

 八仙のひとりがそう言って、酒呑童子に目をやる。

「わからん、何が起きたのか。だがあの毛は」

――雷公

 直後、がれきの山から巨大な尾っぽが伸びて七仙姑のひとりの背後をとった。

「危ない!」

 あっという間だった。八仙のだれかがかろうじて叫んだが遅く、尾っぽに捕らわれた仙女は全身を包まれ
瞬時につぶされ絶命した。

 あっけにとられていた一同に雷鳴がとどろき、直後13本の雷柱が立った。かわしきれなかた仙女ふたりが
落雷を受けて灰と化してばらばらになる。

 大地が割れてがれきの山から姿を現す、城四つほどの銀白の霊獣。

「戦闘態勢!」

 と李鉄拐(りてっかい)が叫ぶ。

「円化、身を隠せ!」

 酒呑童子が叫ぶ。だが決着は一瞬だった。

「落雷に気をつけろ! 暗八仙の展開準備!」

 ふたたび李鉄拐(りてっかい)が叫ぶが、雷公の咆哮と同時に数十の落雷が仙人たちを襲い、
李鉄拐に助けられた織姫以外の仙人たちはいちど二度とは交わしたがかわしきれず灰と化す。

 尾っぽの刃風が李鉄拐と織姫を引き離し、体勢を乱した李鉄拐は手の爪に突き刺された。

「李鉄拐!」

 織り姫が渾身の一撃たる妖波を雷公の腕めがけ放つが、その大きさに比べれば水鉄砲のようなものである。
尾っぽにはじかれた妖波ははね返り、その尾っぽが起こした刃風に体の自由を奪われ、はねかえってきた妖波を受けて焼死した。

 
 残されたのは円化と酒呑童子だけであった。

 仙界が誇る大仙たちが瞬く間に葬られ、円化は宙で震え動けなかった。

 雷公は円化を見ると、手でわしづかみにして捕らえた。

 なぜか酒呑童子は助けようともしなかった。

「師匠!」

 雷公は円化をそのまま地面で踏みつぶす。

 それに目もくれず、残った酒呑童子は雷公に言った。

「さっきの雷、落としてみてもらえないか」

 雷公の動きが止まった。そして酒呑童子をにらみつける。

「そう言われてしまっては面白くないかな? ちょっと本気を出せば、やつらよりは長く持ちそうだが、
あいにく酒が少なく、勝てる気はしない。時間がもったいなから、早くやってくれ」

 雷公が目を細めると、一撃落ちて、酒呑童子は灰と化した。

――

―――だれかの瞳が開いた。茜舞である。

 シルクの布団に横たわったまま見渡すと、どうやら仙界の宮殿の一室。

 ガラス窓から、宮殿最後方にある中庭、後苑が見えた。

 すぐに九天玄女が茶器を持って入ってくる。

「何も言わずお休みください」

「……そうもいかない。みんなは」

「この茶を飲めば活力がみなぎります。さあ」

 と差しだされるが、

「いや。やはりいい。それより何が起きたのか知っているだろう。教えてほしい」

 そこに酒呑童子がやってきた。

「師匠。なにがあったのですか?」

「覚えていないか。簡単に言うとだ」

 話はこうである。

 鉄格子の前で幻影を見せられた一同は雷公と闘い、瞬く間に全滅した。

 おそらくその雷公は、

「天帝の茶番だろう。だが雷公の強さはあれと同じか――」

――もっと強い

「……いったいなぜそんな幻影を?」

「心当たりはあるが、言わないでおく。そういえば紅衣が刑罰を終え、寝室でぐったりしているようだ。
あの刑自体茶番なのだから体に傷はないが、かなり精神的にきているようだ。
慰めてやったらどうだ。仲良しよりも、時には毒には毒を、のほうが効果的な場合もある。
くそっ、酒がない。もらってくる」

 そういって、出ていこうとすると茜舞が、

「師匠。なぜわたしが……」

「雷公は負の感情につけ入るらしい。もちろん、ひとりふたりの恨みつらみなど目もくれぬだろうが、
その大きさ次第だ。我ら鬼への忠告だ。天帝からのな」

 あのとき、紅衣仙女が心のなかで放ってきた言葉。その言葉を受けて溢れた悲しみ。

 つまり、そういうことである。

 酒呑童子が去ったあと、玄女は言う。

「しかし、鬼の協力なくして雷公は倒せません。天帝もそれを知っておられます。
雷公を封じることができる唯一の存在、卑弥呼。
彼女もまた、鬼とされています。そして彼女を復活させることができるのは、あの霊石だけ。
霊石を用いた鬼によって、卑弥呼は甦るのです。
その霊石のひとつを失ってしまった」

「どうすれば」

「わたしがなんとか調べてみます。いまはお休みください」

 だが茜舞は、酒呑童子の言うように足を運んだ。紅衣仙女のもとへ――。