紅衣仙女は仙界を創った始祖たちの子孫ではあるが、過去のどの仙人よりも人間を嫌っていた。
かつて地上の人々は始祖たちを人間ではないと定めた。常識が及ばぬ異常な力を持つ者たちを、人間ではない、と定めたのだという。
その力は、最初は手品のような見世物からはじまり、やがて陰陽師のような存在に、そして8卦(8つの自然の力)を操り、目に見える力を使うことができるようになった。人のために使われた力だったが、不安を覚えた人々のあいだで、いわゆる魔女狩りが起きた。
人々になにか害を与えたわけでもない。だが人々のあいだで恐怖が日増しに高まり、そして迫害、魔女狩りがはじまった。始祖たちは家族や友を守るために戦った。始祖たちはその力を振るうあいだ、泣いていたという(この場面は仙界の絵画に決まって登場する)。手を振りあげれば人間はたやすく溶けた。それでも攻めつづけてきた。自分たちがもう人間なのではないと悟り諦めたとき、かれらは手をおろし、人間界から姿を消した。
紅衣仙女は幼少期、教科書のようなものでそう習ったという。
いま仙人たちは、自分たちは仙人であり人間ではないとしている。
だが、仙人たちも、もとは人間界の人々と同じ人間である。始祖たちはそう思っていたからこそ、そのとき泣いていたはずである。
人間であることを諦めなければならなかったそのときの気持ち。そうさせた地上の人間たちが許せない。
そうした積もり積もってきた負の感情は、雷公がつけ入る絶好の餌食となる。
――雷公は負の感情につけ入るらしい。もちろん、ひとりふたりの恨みつらみなど目もくれぬだろうが、その大きさ次第だ。我ら鬼への忠告だ。天帝からのな
負の感情から生まれ、それでも人間が好きな茜舞になら、
――慰めてやれ
るのかもしれないと、静めてやれるのではないかと酒吞童子は思ったのだろう。
そう感じながら、茜舞は紅衣仙女の部屋を訪れていた。
予想外に穏やかだった。刑に怒りを静める効果でもあったのか、精神的にまいっているのかわからないが。始祖たちの話を淡々と語ったあと、だがやはり最後には、
「人間が嫌い。あんたも」
とつぶやいた。
茜舞は酒吞童子にこのことを話した。
「嫌いなおまえにずいぶんよくしゃべったじゃないか。しかし、注意深く見ておかねばな。やつの人間嫌いは子どもの食べず嫌いとはわけが違う。
1000年以上積もってきた感情が最後に地雷をかまさなければいいが」
このころ人間界では、茜舞の仲間たち、色舞のメンバーたちが、命をかけた重大な任務を背負うことになっていた。